TOC(制約条件理論)による企業革新
 ―製造業の継続的な改善のために―
株式会社 日本総合研究所
総合研究部門
上席主任研究員 久道雅基

 

TOC(Theory Of Constraints:制約条件理論)が、機械部品工場の業務改善プロセスをテーマにした小説『ザ・ゴール』邦訳版によって紹介され、日本でブームを巻き起こしてからすでに約7年が経過した。TOCは「工場の生産性はボトルネック工程の能力以上は絶対に向上しない」という点に着目した理論で、生産工程のそれぞれを総花的に改善するのではなく、最も生産性の低いボトルネックを制約条件として特定し、集中的に改善を進めることで全体最適を実現する。TOC導入によって、わずか3~6ヶ月で生産リードタイムを5分の1に圧縮した、10%だった工場利益率を30%に引き上げた、など高い成果を上げた生産現場は数多い。元々製造業の生産分野のために開発されたTOCは、現在ではサービス業をはじめ、政府・公共機関、医療機関や防衛分野等にまで適用範囲を広げるなど、汎用性の高い、効果的な経営手法としての地位を獲得している。

TOCには①制約条件を特定する②制約条件を徹底的に活用する③制約条件以外を制約条件に従属させる④制約条件の能力を向上させる⑤惰性に気を付けながら①に戻る――という「改善の五ステップ」というサイクルがあり、このサイクルを継続的に実施することがTOC活用の重要なポイントになる。

たとえば筆者が関わった自動車部品のS社では、特定した制約条件に対し、トヨタ生産方式やTPM(Total Productive Maintenance:総合的設備管理)を適用して徹底的に活用することにより、要員シフトの変更をはじめ、段取り替え改善やメンテナンスのための設備停止時間の削減などを実現し、生産能力を70%以上改善させた。また、制約条件以外でも、直接的に損益計算書上の利益に結び付くものには優先的に設備投資を行い、これまで協力会社に委託していた工程の内製化による利益率向上、出荷工程の業務改善による省人化などを実現している。

さらにS社では、売上高や利益率をはじめ、棚卸資産回転率、従業員一人当たり売上高などの指標を設定して、競合他社をベンチマークすることを重視している。自社のポジションを確認することで改革余地を探り、論理的な検証を加えるためである。調査会社の情報を活用した徹底的なベンチマークは、もの作りビジョンや理論ベスト生産リードタイムなどの目標設定を具体的で現実的なものとさせ、S社が業績を毎年向上させている大きな原動力の一つとなっている。

ベンチマークによる目標設定とそれを実現するための改善活動の統合の事例として、材料供給の取り組みが興味深い。ベンチマークの結果、年間棚卸資産回転率がS社60回転に対してある優良企業が80回転であることが判明した。S社は完成品をほとんど持たないため、納入リードタイムの削減に取り組むこととした。プロジェクト開始前に142時間だったリードタイムはプロジェクト本番直後に64時間に短縮していた。さらにこれを短縮する必要が生じたのだ。現時点で24時間のリードタイムを、2010年末にさらに16時間に短縮するという目標が設定された。これに向けた取り組みとして、現在、2時間単位で工程に材料供給している仕組みを、30分単位の仕組みに転換していく必要性が生じた。そこで現在設備の段取り替えと材料供給を行っている担当者を調査した結果、毎日の歩行距離が10数キロということが判明した。材料供給頻度を4倍にするということは、この歩行距離が日に50キロ近くなるため"自動搬送機"の導入を検討せざるを得なくなった。通常だったら、設計から施工までを物流機器のメーカーに任せてしまうのだが、同社は自動搬送機の部品を購入してきて自社で設計・製造・施工を行ない、数分の一の投資費用に抑えているのだ。現在、展開中のその仕組みを使って、2010年の目標達成が視野に入ってきているのである。運搬のムダをなくすための単なる自動化と改善の質が違うのだ。

現在、同社の生産計画・実績管理の仕組みはかなり情報システム化が進んでいる。一見すると、情報システムの整備によって、素晴らしい生産の仕組みが実現できているように見られがちだ。その実態は全く逆である。まず、TOCの理論・方法論に基づき業務を設計する。次にその設計内容をハンド系の仕組み(手作業ででも)でしばらく実践する。その仕組みが十分に機能することを確認してからシステム化を行うのだ。さらにシステム化する際には、単にハンド系の業務を短時間に大量処理するということにとどまらないように留意している。次の改善のポイントを見つけ出すための指標を取ることができるような仕掛けを忘れずに組み込んでおくのである。

改善の五ステップの中で最も難しいのは、改善を継続するためのモチベーション管理である。改善の目的意識が明確でない状態の従業員に対し、「自分たちで改善ポイントを見つけて改善しろ」、「他社の改善を参考にしろ」と指示するだけでは、改善自体が目的となってしまう危険性が大きいからである。残念ながらTOC導入直後の状態のまま、継続的な革新にはつながっていない企業の方が多いのが実情と言えるだろう。

改善のステップを踏み続けるために、S社では改善のビジョンとロードマップを経営者と従業員が一体になって具体的なアクションプランに落とし込み、さらにその内容をイラストやアニメーションにして社内で共有化している。その結果S社のビジョンや目標は従業員にとってイメージしやすく、実行しやすいものとなった。また、四半期ごと、そして1年ごとの進捗管理も改善の実行を着実なものとしている。

このようにしてプロジェクト完了後から休むことなく改革を続けているS社は、2007年12月期の売上高を、プロジェクト開始前の2002年12月期の1.7倍に拡大させ、利益率も大幅に伸ばすことに成功している。